E01 広告
非常なる日常の記録
映画の主人公である「アリーテ」は
自分には何も取り柄がない
自分には何もできないのではないか
何がしたいのかさえもわからなくてなってしまったそんな女の子です。
現代を振り返ったとき
氾濫する情報の中で何を選択していいかわからなくなった人達が
自分には何もできないのではないか。
それに比べて周りは楽しそう・・・
やはりアリーテと同じように、
心細いキモチで過ごしている人々が多くいるような気がしました。
人がどんな風に暮らしているかさえ
見えにくくなってしまっている今、
見えないから勝手に人はきっと楽しそう・・・と
妄想を膨らませているだけなのではないか?
だった見せたらいいじゃない。
人がどんな風に暮らしているのか!!
老若男女有名無名国籍問うことなくいろんな人のいろいろな生活。
そんなキモチでスタートしたのが一週間のリレー日記でした。
それから一年。
映画の中でやはりアリーテが閉じ込めらた塔の上から
人々の暮らしを眺め力強さを感じるシーンがあります。
現実世界でもこの日記を通して
いろいろな人がいていろいろな生活がある・・・それでいいじゃない。
体感する装置=ゲーム
自分で動かさないと何も始まらないもの
・・・ゲーム その他人生など
ゲームのスタートボタンを押す
視覚や聴覚それからちょっとした思考の組合せで
押して押して反射神経の連打が繰り出される
時にはハタッと放り投げ、ある日またゲームを立ち上げる・・・その繰り返し
喜怒哀楽のバランスをコントローラーで動かしながら
いつのまにかエンディングのステージに導かれるのだ
体感する装置=ゲーム
水口さんの代表的ゲーム『セガラリー』
滑走する車の中で感じた浮遊感
音楽とダンス、そしてゲームを愛するすべての人へ
1999年12月16日に発売された『スペースチャンネル5』
宇宙人の来襲により躍らされる地球人を救出すべく踊る"うらら"との一体感
ゲームのまわりに集まってくる人々が目に見えない不思議な体験を共有する
そういうゲームを作っていきたいと思ってるんです
ゲームを通じて水口さんが作りだそうとしている体験
ゲームを通じて水口さんが作りだそうとしている体験
そして水口さん自身の体験
一番最初に旅らしい旅に出たのはニューヨークなんですよ
19歳の時
それまで日本の外には出たことがなくて
テレビとか映画とかでしか見たことのない場所に自分を置いて
実際に触ったり匂いを嗅いだりしたいって欲求がすごい起こったんです
明確な理由はなかったんだけど何か行かなきゃって
一番エネルギーがあって"良い思い"も"悪い思い"も一緒くたにあるところ
たぶんニューヨークなんだろうな
行き先を決めたのはそれくらいの感じだったんです
水口哲也さん 計画性もないし、状況に流されちゃうところもあるし
夏くらいからまわりの人間に
「俺は来年の2月になったらニューヨークに行く」
って振りまいて
自分で行かざる得ない状況を作ってしまったんです
自分で自分の背中を蹴る
そういう事が多いんですよ、僕って
行ったのは正解でしたね
擬似無重力空間
擬似無重力空間
最初はプカプカ浮いていて水面がゆらゆら揺らいでいる
そのうち動きがピタッって止まって
皮膚の感覚というか体の境界がなくなる
自分の実態がなくなる瞬間があるんです
そうすると自分の意識だけがパーッと広がってきて
「自分は何をするために生まれてきたのか」
「どこから生まれてどこに行こうとしているのか」
今までの少ない人生を振り返ったとき
やっぱり何かを作らないとダメなんだっていう思いが起こってきたんです
体験にはプラスもマイナスもなくて
世界中の人々をラリーで繋ぎ
老若男女を"うらら"のダンスで躍らせる
「水口さんは何をオモシロイと感じますか」
「水口さんは何に感動していますか」
見るとか聞くとか食べるとかを通じて全部の感覚の境目が無くなったとき
新しい体験ができたときかな
だからわざと自分をそういう場面に置いたりするんだけど
今日は調子が悪いなぁと思っているとき無理矢理に外へ出たり
今日は人に会いたくないなぁと思ったらわざと人に会うようにしたり
全部が全部効果があるわけではないんだけど
5回に1回、自分にとってすごい新鮮な体験とかがあったりするんです
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